内海賢太郎
From Wikipedia, the free encyclopedia
両親が共に声優であったが、自身は声優業界に対してはあまり興味を持っておらず、両親と同じく声優を目指すといった気持ちも無かったという[3]。両親は声優事務所「賢プロダクション」を経営していたが、「会社を継いでほしい」と言われることも無かったため、大学卒業後は別の業界に進むことを考えていた[1]。
大学生の時、賢プロダクションの一部タレントやマネージャーたちが一斉に退所・独立するという出来事があり、両親が苦労しているところを目の当たりにし、「少しでも力になれれば」という思いを抱き、在学中の1998年にアルバイトとして賢プロダクションに入社した[1][3][4]。
大学卒業後は正社員となり、営業マネージャーとして約10年間勤務した。タレントの売り込みや現場対応、音響制作といった仕事をこなし、共演者やディレクター、プロデューサーなど多数の人物と関わることで、「人とのつながり」が大切であることを痛感したという[1]。
2023年、日本声優事業者協議会理事長へ就任。