内田敏雄

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 1900年11月1日
没年月日 没年不詳
出身校 京都帝国大学法学部政治経済学科卒業
前職 南洋拓殖参事
内田 敏雄
うちだ としお
生年月日 1900年11月1日
没年月日 没年不詳
出身校 京都帝国大学法学部政治経済学科卒業
前職 南洋拓殖参事
所属政党 公正会
称号 正四位
配偶者 内田敏子
親族 養祖父・内田正敏(貴族院議員)
在任期間 1946年5月11日 - 1947年5月2日
テンプレートを表示

内田 敏雄(うちだ としお、1900年明治33年〉11月1日[1] - 没年不詳)は、昭和期の政治家華族貴族院男爵議員。位階は正四位[2]

海軍士官内田正敏の養子・栄(矢部善作の二男)の長男として生まれる[1][3]。養曽父・正敏の死去に伴い、1922年(大正11年)6月2日、男爵を襲爵した[1][3]

1926年(大正15年)4月、京都帝国大学法学部政治経済学科を卒業[3][4][5]1927年(昭和2年)東京市社会局嘱託となる[4]。その後、南洋拓殖人事課長、同参事などを務めた[3][4]

1946年(昭和21年)5月11日、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し[6][7]公正会に所属して1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した[4]

親族

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI