内路村

From Wikipedia, the free encyclopedia

廃止日 1949年6月1日
廃止理由 国家行政組織法施行
日本の旗 日本
ないろむら
内路村
廃止日 1949年6月1日
廃止理由 国家行政組織法施行
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 樺太地方
都道府県 樺太庁 敷香支庁
敷香郡
面積 832.842[1] km2.
総人口 4,524
1941年12月1日
隣接自治体 敷香町泊岸村
内路村役場
所在地 樺太庁敷香郡内路村
座標 北緯49度05分56秒 東経142度57分05秒 / 北緯49.0990度 東経142.9514度 / 49.0990; 142.9514座標: 北緯49度05分56秒 東経142度57分05秒 / 北緯49.0990度 東経142.9514度 / 49.0990; 142.9514

― 市 / ― 町 / ― 村
特記事項 1943年4月1日以降は北海地方に所属。
ウィキプロジェクト
テンプレートを表示

内路村(ないろむら)は、日本の領有下において樺太に存在した指定町村)。

現在はロシア連邦サハリン州ガステロ (Гастелло) などとして実効支配している。

  • 北緯50度線と敷香市街地への分岐点であった。
  • 軍事上重要な拠点であり飛行場も存在していた。
  • 名好郡恵須取町に向かう内恵道路の基点であり、鉄道省省営自動車内恵線の基地となる内路自動車区が置かれていた。内恵線は内路駅前と恵須取間107.3kmを1944年当時5時間50分あまりで結んでいた。

歴史

戸籍簿

終戦後に内地へ戸籍簿が持ち出され、現在は旧樺太戸籍簿として内路村の戸籍簿9冊が外務省に於いて保管されている。これらは戸籍法上の戸籍簿ではなく、行政文書の一種と扱われている[2]

村内の地名

  • 内路
  • 内川(ないかわ)
  • 浜町(はままち)
  • 床佐(とこさ)
  • 植柴(うえしば)
  • 幌藻(ほろも)
  • 岸根(きしね)
  • 畝富内(うねとんない)
  • 内路沢(ないろざわ)
  • 新内峠(にいないとうげ)

[3]

地域

脚注

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI