円城ふるさと村

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円城ふるさと村(えんじょうふるさとむら)は、岡山県のふるさと村の1つで、岡山県加賀郡吉備中央町円城の円城寺提婆宮の門前町として発達した地域である。地域の政治・経済の中心地として栄え、現在も祭礼行事や伝統文化が受け継がれている。

円城寺本堂
提婆宮拝殿

岡山県による支援を受けていたが、県の補助は既に終了している。現在は吉備中央町から年間20万円の維持管理費が交付されている。

円城は江戸時代から明治前半にかけて「円城村(むら)」として存在した。 明治22年(1889年)の町村制施行により、円城は上田東・上田西・案田・細田・三納谷の各村と合併して「上田村(そん)」となった。 その後、明治37年(1904年)、上田村は富津村と合併し、新たに「円城村(そん)」が発足した[1]。 円城村は昭和30年(1955年)の町村合併により加茂川町となるまで約半世紀存続し、 加茂川町は平成16年(2004年)に賀陽町と合併して吉備中央町となった[2]

地理

  • 円城は吉備高原の標高約350mに広がる集落である。雨は谷を下って旭川支流の宇甘川、豊岡川に流れ込む。
  • 岩倉山(標高394.2m)は岡山県のほぼ中心で、加茂川町時代に「ハート・オブ・岡山」の象徴として整備されており、山頂からは360度の眺望が得られる。麓の公園に県中心点の塔が設置されている。
  • 東北東には旧備前国の最高峰本宮山(標高約580m)がそびえる。本宮山は円城寺・地蔵院・医王院の山号にもなっている。また、円城小学校および中学校の校歌にも歌われていた。

交通

  • 円城ふるさと村へ近い道の駅かもがわ円城の信号付近に、文化3年(1806年)建立の石仏がある。台座には、岡山城下へ続く水谷、福渡や備中松山藩、足守藩、円城提婆宮への道標が刻まれている[3]
  • 古くは旭川河畔の水谷が水運の拠点として栄え、物資が高瀬舟で運ばれていた[4]。 明治30年(1897年)の中国鉄道(現在のJR西日本津山線)開通や道路整備により河川の流通は消失した。
  • 現在は国道429号が主要な交通路となっている。

文化

  • 円城寺や提婆宮の祈祷や諸行事の日は門前町の面影がよみがえる。また、初秋の祇園祭りや晩秋の亥の子祭りも住民に引き継がれている。祭りの場で演じられる民俗芸能は、笛や太鼓の囃子、棒使い、太刀振りなどであるが、とくに祭り笛は円城を象徴する音色として知られている。
  • 旧円城村域には、県指定重要無形民俗文化財であり県下三大祭りのひとつである加茂大祭へ参集する化気・松尾・三所神社がある。
  • 円城寺境内には県重要石造美術の宝篋印塔(延文2年〈1357年〉)がある。近隣には円城寺・提婆宮への丁石(ちょういし)も多くみられる。
  • 旧加茂川町時代の1967年(昭和42年)には町内の文化や風景を歌った「加茂川音頭」が発表された。歌詞の中には円城にちなむ箇所がある。作詞者楢崎三郎は旧円城村三納谷の農民作家であり、作曲は当時の円城在住の音楽教諭、踊りの振付も円城の婦人が担当した[5]
  • 島崎研一は小学生時代に過ごした戦中・戦後の円城での生活を小説やエッセイにまとめている。

人物

  • 楢崎浅太郎(1881年〈明治14年〉 - 1974年〈昭和49年〉)三納谷出身の心理学者。若い時期に円城小学校校長を務め、 のちに水野弘毅の支援を受けて京都帝国大学に進学した。東京高等師範学校・東京文理科大学で教授として心理学を講じ、戦後は近畿大学で教育と大学運営に尽力した。
  • 水野弘毅(1874年〈明治7年〉 - 1910年〈明治43年〉) 閑谷黌に学び、明治法律学校入学、中退して帰郷、円城寺向かいの水野家(小西屋)に養子入りした。加茂貯蓄銀行を創設した。郷里の若者の勉学のため金川中学の学寮支援や岡山孤児院への援助をした。上田村と冨津村が合併した円城村の2代村長となり地域発展に貢献した。

食文化・郷土料理

  • 加茂大祭などでは伝統的な祭り料理が受け継がれている。
  • 円城の祇園祭ではむすびと串が定番である。
  • 円城ふるさと村のふるさと茶屋で、くさぎ菜のかけ飯が郷土料理として提供されていた。
  • 町内のイベントを中心にラーメンを提供している。

観光・地域活動

  • 円城寺・提婆宮、地蔵院、医王院、庚申堂、祇園社などの寺社
  • 民俗資料館(旧村役場)、小西屋(旧水野弘毅邸)、鍛冶屋、井戸、炭窯
  • ふるさと茶屋、休憩所
  • 岩倉山ウオーキング(11月)
  • 道の駅かもがわ円城、国道429号線沿い直売所

メディア・SNS

  • Youtube 円城ふるさと村STORYS(略称:円すと)

参考文献

  • 『岡山縣御津郡史(明治39年版・大正12年版)』御津郡教育会 昭和47復刻 御津郡町村会
  • 『加茂川町史』(昭和61)『加茂川町史続編』(平成3) 植木克己
  • 『加茂川町の民俗』岡山民俗学会(平成2)
  • 「続近世後進地域の農村構造‐備前国津高郡加茂郷の場合‐」京都大学人文科学研究所(昭和38)

脚注

関連項目

外部リンク

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