円城ふるさと村
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地理
交通
文化
- 円城寺や提婆宮の祈祷や諸行事の日は門前町の面影がよみがえる。また、初秋の祇園祭りや晩秋の亥の子祭りも住民に引き継がれている。祭りの場で演じられる民俗芸能は、笛や太鼓の囃子、棒使い、太刀振りなどであるが、とくに祭り笛は円城を象徴する音色として知られている。
- 旧円城村域には、県指定重要無形民俗文化財であり県下三大祭りのひとつである加茂大祭へ参集する化気・松尾・三所神社がある。
- 円城寺境内には県重要石造美術の宝篋印塔(延文2年〈1357年〉)がある。近隣には円城寺・提婆宮への丁石(ちょういし)も多くみられる。
- 旧加茂川町時代の1967年(昭和42年)には町内の文化や風景を歌った「加茂川音頭」が発表された。歌詞の中には円城にちなむ箇所がある。作詞者楢崎三郎は旧円城村三納谷の農民作家であり、作曲は当時の円城在住の音楽教諭、踊りの振付も円城の婦人が担当した[5]。
- 島崎研一は小学生時代に過ごした戦中・戦後の円城での生活を小説やエッセイにまとめている。
人物
- 楢崎浅太郎(1881年〈明治14年〉 - 1974年〈昭和49年〉)三納谷出身の心理学者。若い時期に円城小学校校長を務め、 のちに水野弘毅の支援を受けて京都帝国大学に進学した。東京高等師範学校・東京文理科大学で教授として心理学を講じ、戦後は近畿大学で教育と大学運営に尽力した。
- 水野弘毅(1874年〈明治7年〉 - 1910年〈明治43年〉) 閑谷黌に学び、明治法律学校入学、中退して帰郷、円城寺向かいの水野家(小西屋)に養子入りした。加茂貯蓄銀行を創設した。郷里の若者の勉学のため金川中学の学寮支援や岡山孤児院への援助をした。上田村と冨津村が合併した円城村の2代村長となり地域発展に貢献した。
食文化・郷土料理
- 加茂大祭などでは伝統的な祭り料理が受け継がれている。
- 円城の祇園祭ではむすびと串が定番である。
- 円城ふるさと村のふるさと茶屋で、くさぎ菜のかけ飯が郷土料理として提供されていた。
- 町内のイベントを中心にラーメンを提供している。
観光・地域活動
- 円城寺・提婆宮、地蔵院、医王院、庚申堂、祇園社などの寺社
- 民俗資料館(旧村役場)、小西屋(旧水野弘毅邸)、鍛冶屋、井戸、炭窯
- ふるさと茶屋、休憩所
- 岩倉山ウオーキング(11月)
- 道の駅かもがわ円城、国道429号線沿い直売所
メディア・SNS
- Youtube 円城ふるさと村STORYS(略称:円すと)
参考文献
- 『岡山縣御津郡史(明治39年版・大正12年版)』御津郡教育会 昭和47復刻 御津郡町村会
- 『加茂川町史』(昭和61)『加茂川町史続編』(平成3) 植木克己
- 『加茂川町の民俗』岡山民俗学会(平成2)
- 「続近世後進地域の農村構造‐備前国津高郡加茂郷の場合‐」京都大学人文科学研究所(昭和38)

