出畑孝典

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国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県
生年月日 (1978-12-25) 1978年12月25日(47歳)
身長 170cm
出畑孝典
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県
生年月日 (1978-12-25) 1978年12月25日(47歳)
身長 170cm
体重 54kg
血液型 B型
選手情報
所属 福岡支部
登録番号 4079
登録期 87期
級別 A1
選手実績
デビュー日 2000年11月23日
GI/PGI優勝 1
通算優勝 31
通算勝率 6.24
通算勝利 1502
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出畑 孝典(でばた たかのり、1978年12月25日 - )は、福岡県在住のボートレーサー。登録第4079号。血液型B型。87期。福岡支部所属。同期に山崎哲司福来剛福島勇樹らがいる。息子の出畑孝成(登録番号:5337)も競艇選手[1][2]

本栖研修所最後の「本栖チャンプ」として知られデビュー直後から活躍するも[3]、特に大舞台でのスタートにムラがあるためタイトルとはあまり縁のないレーサーとして知られている。(詳細は、後述の来歴参照。)

87期として本栖研修所に入所。修了記念で優勝し「最後の本栖チャンプ」としてデビューすることとなる[3]

  • 2000年10月19日選手登録。
  • 2000年11月23日から芦屋競艇場で開催された 一般戦「第13回福岡県ダービー」初日第2Rでデビュー[4]。(5着)
  • 2000年12月26日から宮島競艇場で開催された 一般戦「第27回日刊スポーツ栄光楯」5日目第3Rで5号艇5コースから抜きで勝利[5]し、デビューから13走目で初勝利を飾る。
  • 2004年9月11日から福岡競艇場で開催された G1「ダイヤモンドカップ」でG1初出場し、3日目第4Rで1号艇1コースから逃げを決めて勝利[6]G1初勝利を飾る。
  • 2005年8月30日から若松競艇場で開催された SG「第51回モーターボート記念」初日第2Rに出場[7]しデビュー4年10ヶ月でSG初出場。(3着)
  • 2007年1月23日から大村競艇場で開催された G1「第21回新鋭王座決定戦」6日目(最終日)第12R(優勝戦)に1号艇で出走[8]G1初優出を決めるも、スタートで後手を踏み6着。(優勝は石野貴之
  • 2009年11月3日から児島競艇場で開催された G1「第57回競艇キングカップ」6日目(最終日)第12R(優勝戦)で3号艇3コースからまくり差しで勝利[9]し、GI優勝を飾り初タイトル獲得。
  • 2011年8月11日から福岡競艇場で開催された SG「第57回モーターボート記念」6日目(最終日)第12R(優勝戦)に1号艇で出場しデビュー10年10ヶ月でSG初優出を果たし、SG初優勝のチャンスが到来したが、3号艇3コース岡崎恭裕選手と共にフライングを犯した[10]
    このレースは、1号艇出畑、2号艇藤丸光一、3号艇岡崎、4号艇瓜生正義、6号艇篠崎元志と地元福岡支部の選手が占め、5号艇峰竜太と、まるで博多の正月レースかのような優勝戦のメンバーであったためか、全国発売のSGながらも優勝戦の売上が伸び悩んだ。さらに前述の通り出畑(+.04)と岡崎(+.02)がフライングを犯し返還となったため、節間売上がSGにもかかわらず、100億円を切った。[注 1]このフライングにより、直後の全日本選手権の出場権を失うと共に、G1・G2についても選出除外のペナルティが課された[注 2]。岡崎ほどではなかったが、このフライング禍に陥った出畑は以降のSGに長期間選出されていない[注 3]
  • 2022年4月1日からボートレース芦屋で開催された 一般戦「日本モーターボート選手会会長杯」3日目第1Rに出場し、4号艇4コースからまくり差しを決め勝利し、デビュー21年4ヶ月で通算1500勝を地元で達成した[11][12]

戦績

  • 出走回数:5276回
  • 1着回数:1502回
  • 優出回数:168回
  • 優勝回数:31回
  • フライング(F)回数:25回
  • 出遅れ(L)回数:0回
  • 通算勝率:6.24
  • 2連対率:46.82
  • 3連対率:61.66
  • 生涯獲得賞金:518,952,362円

獲得タイトル

GI

  • 競艇キングカップ(児島)

脚注

関連項目

外部リンク

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