劉寿 (後漢) From Wikipedia, the free encyclopedia 劉 寿(劉 壽、りゅう じゅ、生年不詳 - 120年)は、後漢の皇族。済北恵王。 章帝と申貴人のあいだの子として生まれた。90年(永元2年)5月丙辰、済北王に封じられ、泰山郡を分割して済北国とした。兄の和帝は章帝のやりかたを踏襲して、兄弟たちをみな京師洛陽にとどめ、官僚たちが諸王の赴任を求めても許そうとしなかった。和帝が死去すると、劉寿は済北国に赴任した。120年(元初7年)3月丁酉、劉寿は死去した[1]。諡は恵といった。 子女 済北節王劉登(後嗣) 少帝劉懿 楽成王劉萇 済北釐王劉安国 脚注 ↑ 『後漢書』安帝紀 伝記資料 『後漢書』巻55 列伝第45 Related Articles