劉承訓 From Wikipedia, the free encyclopedia 劉 承訓(りゅう しょうくん、922年 - 948年)は、五代後漢の高祖劉知遠の長男。字は徳輝[1]。 若くして温厚で、容姿やふるまいが美しく、劉知遠に最も可愛がられた。後晋で官を歴任して検校司空に昇った。天福12年(947年)、後漢が建国されると、承訓は左衛上将軍に任じられた。劉知遠が洛陽に赴こうとすると、承訓は北都大内巡検を命じられた。ほどなく開封府に赴き、開封尹・検校太尉・同平章事に任じられた。12月11日(948年1月24日)、府署で死去した。享年は26。魏王に追封された。太原府に葬られた[1][2]。 脚注 1 2 旧五代史 1976, p. 1385. ↑ 新五代史 1974, p. 193. 伝記資料 『旧五代史』巻105 漢書7 宗室列伝第2 『新五代史』巻18 漢家人伝第6 参考文献 『旧五代史』中華書局、1976年。ISBN 7-101-00321-4。 『新五代史』中華書局、1974年。ISBN 7-101-00322-2。 Related Articles