劉武 (城陽王) From Wikipedia, the free encyclopedia 劉 武(りゅう ぶ)は、紀元前2世紀から紀元前1世紀、古代中国の前漢時代の城陽王である。生年不明、没年は天漢4年(紀元前97年)。死後、恵王(けいおう)と諡された。 父は城陽王の敬王劉義[1][2]。子に劉順と劉休がいた[3]。 劉武は父の死後、元封3年(紀元前108年)に城陽王を嗣いだ[1][2]。11年後の天漢4年(紀元前97年)に死に、子の劉順が後を嗣いだ[4]。 1 2 『漢書』巻14、諸侯王表第2。斉悼恵王肥以下。 1 2 『漢書』巻38、高五王伝第2。ちくま学芸文庫版『漢書』4、266頁。 ↑ 『漢書』巻15下、王子侯表第3下、高郷節侯休。 ↑ 『漢書』の諸侯王表第2では、12年。高五王伝では11年。12では計算が合わない。漢籍電子文献資料庫は、王先謙の説に従って11とする。 参考文献 班固著、『漢書』。 中央研究院・歴史語言研究所「漢籍電子文献資料庫」。 小竹武夫訳『漢書』1から8、筑摩書房、ちくま学芸文庫、1998年。 Related Articles