加古三枝子 From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 (1916-03-22) 1916年3月22日出身地 日本兵庫県高砂市死没 (2002-12-17) 2002年12月17日(86歳没)学歴 東京音楽学校加古 三枝子生誕 (1916-03-22) 1916年3月22日出身地 日本兵庫県高砂市死没 (2002-12-17) 2002年12月17日(86歳没)学歴 東京音楽学校ジャンル クラシック音楽職業 声楽家担当楽器 声楽 加古 三枝子(かこ みえこ、1916年3月22日 - 2002年12月17日)は、日本の声楽家。本名・小泉三枝子。兵庫県高砂市生まれ。東京音楽学校声楽料卒業。 1940年から1971年までお茶の水女子大学講師、1957年から1972年まで東京芸術大学講師を務めた。1957年、ヒンデミット「マリアの生涯」を日本初演。30代の時、11歳年下の音楽学者・小泉文夫と恋におち、周囲の反対を押し切って結婚し、小泉が50代で死んだ後その思い出を刊行した。自身の詩「碧い部屋」に柴田南雄らが曲をつけ、自作自演を行っており、CDも製作された。墓所は渋谷区法雲寺[1] 著書 歌いかたの基礎 声楽をこころざす人へ 音楽之友社 1969 詩集『碧い部屋』(私家版) 1975 人生を馳けぬけて 回想の小泉文夫 音楽之友社 1985 抄子に教えられて 障害をもつ娘と共に 草思社 1988 シルバーライフin東京 小泉三枝子 草風館 1993 脚注 ↑ oku-taka. “加古三枝子(1916~2002)”. 著名人の墓巡り~昭和の偉人と出会う旅~. 2026年4月13日閲覧。 典拠管理データベース 全般ISNIVIAFWorldCat国立図書館アメリカ日本 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。表示編集 この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。表示編集 Related Articles