加茂川かもめ・ちどり From Wikipedia, the free encyclopedia 加茂川かもめ・ちどり(かもがわかもめ・ちどり)は、戦後期の漫才師(音曲姉妹漫才)。 てんのじ村の興行師兼漫才師、河内家目玉の娘。1940年長女みどりと次女ちどりでコンビを結成したが(ちどりの当時の芸名は大和つた子)、みどりが亡くなり、1957年次女と三女で戦後「加茂川かもめ・ちどり」を結成。 かもめがギター、ちどりがアコーディオンを持った音曲漫才。ちどりのアコーディオンは横山ホットブラザーズ創始者の横山東六から手ほどきされた。 あまり売れず、道頓堀角座に出たりする機会も少なかった。主に吉本の出番に出ていた。かもめの出産でコンビ解消。ともにすでに死去している。 メンバー 加茂川かもめ(本名:寺下清子、1932年3月25日[1] - ?年[注釈 1]9月16日[3]) 娘は北島三郎の弟子の演歌歌手の山口ひろみ。 加茂川ちどり(本名:乾つた子、1929年 - 2007年3月25日[4]) 夫は若井けんじであったが後に離婚。 参考文献 「現代上方演芸人名鑑」(少年社、相羽秋夫、1980年) 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ この出典には「娘の山口ひろみが20歳で北島三郎の元に入門して3年が過ぎた頃に胃癌が発覚し、その後死去」といった内容の文があり、これによると没年は1990年代末頃と思われる[2]。 出典 ↑ “大切な日”. 山口ひろみオフィシャルブログ (2021年3月25日). 2021年6月20日閲覧。 ↑ “歌謡(うた)のマドンナ 第3回 山口ひろみ デビューに隠された亡き母への想いとは”. リアルライブ. 内外タイムス (2016年3月11日). 2021年6月20日閲覧。 ↑ “母の命日に想うこと”. 山口ひろみオフィシャルブログ (2020年9月16日). 2021年6月20日閲覧。 ↑ 山口ひろみ情報 2007年04月19日 この項目は、お笑いタレント・コメディアン(これらの関連記事を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:お笑い/PJ:お笑い)。表示編集 Related Articles