加藤千浪 From Wikipedia, the free encyclopedia 加藤 千浪(かとう ちなみ、1810年12月15日(文化7年11月19日) - 1877年(明治10年)11月18日)は、幕末から明治時代の国学者・歌人。通称は弥三郎または弥助。号は萩園。 陸奥国白河(現在の福島県白河市)にて加藤美方と母緑川氏の子として生まれる。幼少より勉学を好み、後に江戸に出て、岸本由豆流に国学を学ぶ。歌道や書に長けていたという。 明治維新後、歌人としての名声が高く、多くの門人を抱えた。この中には伊東祐命や中島歌子などがいる。1877年(明治10年)11月18日逝去。享年68歳[1]。墓所は深川の臨川寺。妻は三宅氏で、子供はなく養子を関氏よりとった。 顕彰碑が向島区の牛嶋神社に建立された。 著書等 著書:『詠史百集』 編著:『冠註大和物語』 歌集:『荻園歌集』 [2] 脚注 ↑ コトバンク 加藤千浪 ↑ 好古斎 加藤千浪 Related Articles