水原秋桜子の句集『新樹』を読んだのがきっかけで俳句の世界に足を踏み入れ、1941年(昭和16年)には月刊俳句誌『馬酔木』に投句した[2]。1960年(昭和35年)には『馬酔木』の同人となり、名古屋市周辺における『馬酔木』俳壇の指導者的存在となった[2]。晩年には自ら俳句誌『帯』を創刊し、豊明市や東海地方の俳人を育てる役割を果たした[2]。また『鯱』同人であり、俳句団体俳人協会会員でもある[2]。
1993年(平成5年)死去[2]。豊明市阿野町に住んでいたこともあって、俳句関係などの蔵書は豊明市立図書館に寄贈され、図書館には「加藤春彦氏コーナー」が設置された[2]。