加藤泰通
日本の政治家 (1879-1971)
From Wikipedia, the free encyclopedia
経歴
東京府出身。子爵・加藤泰秋の二男として生まれる[1][2]。学習院高等科を修了し、1901年(明治34年)イギリスに留学した[2][3]。父・泰秋の死去に伴い、1926年(大正15年)8月16日、家督を相続し子爵を襲爵した[1][4]。
1908年(明治41年)以降、外務省嘱託、式部官、侍従、宮内事務官、皇后宮事務官、大喪使事務官、大礼使典儀官、外国使節接伴員、御物管理委員会臨時委員、相続税物納制度調査会委員などを務めた[3]。
1932年(昭和7年)3月10日、補欠選挙で貴族院子爵議員に選出され[5][6]、研究会に属して1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した[3]。
第二次世界大戦後は、愛媛県大洲市に居を移した。1950年(昭和25年)3月19日、愛媛県内に昭和天皇の戦後巡幸があった際には、松山市の御泊所へ出向いて拝謁の機会を得ている[7]。