加藤重長三義は、加藤家遺跡を継ぎ、書院番をつとめた。明暦2年(1656年)6月21日、母方の祖父加藤重正のために、大森氏墓所に、京都紫野大徳寺202世春沢宗晃禅師の撰文による「一便宗見大居士碑」長四尺六寸巾二尺角の四面塔を建立した。大森好長が開基といわれる崇巖寺(現在は廃寺)の跡地には、くだんの四面塔の他、大森好長夫妻、加藤重正夫妻、加藤重長夫妻の戒名を刻した宝篋印塔六基が残る。「大森氏、加藤氏の宝篋印塔[1]」として入間市の市指定文化財(史跡・昭和47年(1972年)10月20日)に指定されている。また、入間市景観50選[2]にも選ばれている。