青木正寛を家祖とする武田氏族大井氏系青木家の当主で、後に大番組頭を勤めた青木長国(左京)と、鉄砲玉薬同心の御家人から旗本および広敷番頭となった勝命雅の次女との三男とされる。実兄に青木満真(甚平)と大岡義方がいる。
天明3年(1783年)、数え17歳の時に母方叔父である勝曹淓(安五郎)の婿養子として勝家を相続する。ちなみに、17歳は末期養子を迎えることができる下限であり、次兄の大岡義方は寛政6年(1794年)5月15日の初御目見え時に27歳と届けている。
寛政4年(1792年)9月に徳川家斉へ初御目見する。その後、的を射て時服を賜る。
末期養子として男谷家より勝小吉が勝家を相続する。