千葉県千葉市出身。1967年に立教大学社会学部を卒業。アメリカでの留学とトヨタ自動車販売での勤務を経て、1974年に千葉トヨペットに転じ、1980年に専務を経て、1989年5月には社長に就任。1993年4月には勝又自動車社長も就任。社長在任時には、当時トヨタ自動車が「ハリアー」を2代目で生産を修了しようと検討しており、勝又はこれに反対し、全国のトヨペット店代表者に呼び掛けて、署名活動を行い、「ハリアー」を存続するようにトヨタ自動車と掛け合った[2]。
2003年7月から千葉経済同友会代表幹事も務めた[3]。
2009年12月20日社長在任中に死去[4]。66歳没。