勝民子 From Wikipedia, the free encyclopedia 勝 民子(かつ たみこ、1821年3月16日(文政4年2月13日[1]) - 1905年(明治38年)5月23日[1])は、江戸時代末期から明治時代の女性。勝海舟の正妻。薪炭商兼質屋・砥目家の娘。元深川の芸者との説あり。 勝の妾とその子供たちと同居であったが、民子は異腹の9人の子供を分け隔てなく可愛がり、屋敷の人々から「おたみさま」と呼ばれて慕われた。 民子は遺言で「勝のそばに埋めてくださるな。わたしは小鹿のそばがいい」と言い残したが、遺言の希望は聞き入れられず、養子の精の一存で海舟の隣に葬られた[2]。法号は大慈院殿妙海日深大姉。 子女 長女:内田夢(1846年 - ?) - 内田誠故と結婚[3] 次女:疋田孝子(1849年 - ?) - 疋田正善と結婚[3] 長男:小鹿(1852年 - 1892年) 次男:四郎(1854年 - 1866年)[4] 脚注 1 2 『平成新修旧華族家系大成 上巻』(霞会館、1996年)p.424 ↑ 船戸安之 1973. 1 2 松浦玲 2010, p. 904. ↑ 石井孝 1974, pp. 261, 270. 参考文献 船戸安之『勝海舟― 物語と史蹟をたずねて』成美堂出版、1973年。 石井孝『勝海舟』吉川弘文館〈人物叢書〉、1974年。ISBN 4-642-05062-0。 松浦玲『勝海舟』筑摩書房、2010年。ISBN 978-4-480-88527-2。 Related Articles