北方町 (佐賀県)
日本の佐賀県杵島郡にあった町
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地理
歴史
江戸時代には長崎街道が通過しており、現在の町域内に宿駅が設けられていた。明治時代には西杵炭鉱が開発されて石炭産業で栄えた。 1918年(大正7年)8月29日、待遇改善を求める九州各地の炭鉱における暴動(1918年米騒動)が杵島炭鉱に波及。約300人の作業員が炭鉱の事務所、娯楽場などの施設を破壊して放火、民家50軒にも延焼した。武雄警察署が鎮圧に乗り出すものの署長自身が重傷を負うなど手に負えない状況になり、軍が出動した[1]。
1949年(昭和24年)5月24日、西杵炭鉱近隣を昭和天皇の戦後巡幸の車列が通過した際には、従業員が沿道から奉迎を行い、昭和天皇も車窓からこれに応えた[2]。炭鉱は、他の唐津炭田とともに閉山が続き、1972年(昭和47年)に西杵炭鉱の閉山を最後に町内の炭鉱は稼働を終えた[3]。
沿革
行政
- 町長:松本和夫
地域
教育
小・中学校
- 町立
- 北方中学校
- 北方小学校
交通
鉄道路線
道路
高速道路
一般国道
主要県道
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- きたがた四季の丘公園
- 大聖寺

