元は沖洲町の一部で、字北ノ浜・北屋敷・北堤内・中張・船戸南・北ノ端・北新田・小高洲・高洲であった。1969年(昭和44年)より現在の町名となった。三丁目から四丁目はネギ畑の目立つ田畑やカヤ原にすぎなかった。往時の様子をよく示すものに隠元さん(狸の名)の祠がある。三丁目から四丁目の様子を一変させたのは、イナ池を埋め立てて徳島市中央卸売市場が作られたことである。海岸は遠浅の砂浜で海苔の養殖が盛んであったが、1989年(平成元年)よりマリンピア沖洲の工事が始まってからは、それまで開かれていた海水浴場が閉鎖された。