安宅 (徳島市)
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河川
歴史
徳島藩の阿波水軍が寛永期(1624年~1645年)に遷された土地である。移転後の中心となったのが、東西230間(約420メートル)×南北150間(約270メートル)の安宅御役所である。その西方の現1丁目に水軍の将兵である御水師が住む御水師屋敷が置かれていた。安宅は町役人から独立した高い自治権を持っていた。この安宅御役所は廃藩置県時に廃止され取り壊された。1966年に安宅町1~6丁目・末広町の各一部から現在の町名となった。
海野十三(1897年~1949年)の出身地でもあり、海野の小説には安宅の名が地名としてしばしば登場した。福島との境の道路を越えたところにある渭東公民館・渭東コミュニティセンターの県道38号に面した石垣の上に文学碑が置かれている。この碑は1962年から1993年まで徳島中央公園に設置されていたものであり、改良工事の際に古い碑がこの地に移された。
地名の由来
地名の由来は、紀伊国牟婁郡安宅が出自とされる安宅水軍の一族が、戦国期に三好氏に仕え、大型軍船安宅船を駆使したため、水軍の根拠地を安宅と称したことに因む。この根拠地は北西の大岡川右岸(現 南常三島町2~3丁目)にあったが、寛永年間に現在の安宅にあたる城東中学校周辺一帯に移された。