北海道陸軍兵器補給廠
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本廠
本廠の敷地は後の札幌市白石区役所の近隣一帯で、全体を塀で囲まれていた[1]。直接の遺構は現存しないが、区役所そばにはかつて補給廠が存在したことを伝える案内板が立てられている。
廠長は磯野中佐[2]。組織は兵器課や兵器修理班があり、さらに兵器課の下に弾薬班や鉄砲班が置かれていた[1]。
当時は白石駅から引込み線が延びており、補給廠の敷地内では2線・2ホームとなっていた[3]。
各種施設と、21世紀初頭における跡地の状況は以下の通り[1]。
| 施設 | 跡地 |
|---|---|
| 事務所 | 白石区保健センター |
| 集会所 | 白石区役所 |
| 兵器修理工場 | 本郷通1丁目3-21 |
| 南郷通1丁目北4〜7 | |
| プラットホーム | 札幌市立南郷小学校グラウンド |
兵舎・官舎
補給廠勤務者の住居は、白石駅と国道12号の間に建てられていた[4]。
H型をした兵舎には一般兵士約50名が居住しており[4]、戦後の1947年度(昭和22年度)には札幌市立白石中学校の校舎や住宅として活用された[5]。跡地は平和通2丁目南4の白中公園(はくちゅうこうえん)となっている[4]。
将校らが居住する官舎は一戸建てであり、兵舎の南側に約45戸、塀に囲まれて建てられた。このとき官舎を東西南北にあわせて建てたため、跡地の本通2丁目北2〜6一帯の道路は、北東 - 南西に走る周囲の道とは直交しないななめ通りとなっている[4]。官舎のいくつかは、戦後に民家として活用された[4]。