北見米造 From Wikipedia, the free encyclopedia 北見 米造(きたみ よねぞう、1883年(明治16年) - 1964年(昭和44年)[1])は、日本の建築家、仏師、彫刻家、茶人。名前は米蔵とも書かれる[1]。茶名は宗国[2]。 大工の修行をして建築や木工技術について修得し、伝統の大工技術と近代的な設計施工技術を身につけたとされ、のちに高村光雲の弟子となる[2]。1904年(明治37年)、磯野敬[3]に腕を見込まれて21歳で棟梁として旧磯野家住宅の施工を担当した[1]。 戦後は社団法人茶道文化振興会の初代理事長[2]に就任し、1950年(昭和25年)、新宿区高田馬場に茶道会館を完成させた。 他にも松江市の明々庵、日本女子大学の静寧亭の移築を担当するなど、旧家の邸宅から地茶室、近代住宅まで幅広く手掛けた[2]。 出典 1 2 3 “一般社団法人 日本金属屋根協会|銅屋根クロニクル”. 日本金属屋根協会. 2021年7月6日閲覧。 1 2 3 4 “茶道会館由来”. 茶道会館. 2021年7月6日閲覧。 ↑ “磯野敬 (第4版) - 『人事興信録』データベース”. jahis.law.nagoya-u.ac.jp. 2021年7月6日閲覧。 参考文献 東京人 No.254 (発売日2008年04月03日) 特集:東京建築ガイドブック 都市出版 この項目は、建築・土木に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:建築/Portal:建築)。表示編集 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術)。表示編集 Related Articles