北野幸伯
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1970年、長野県松本市に生まれる。長野県松本深志高等学校を卒業後の1990年、19歳のときにソビエト連邦のモスクワに留学。その理由は、ミハイル・ゴルバチョフに憧れたからであった[2][3]。ソビエト連邦外務省付属のモスクワ国際関係大学国際関係学部に入学。1996年に大学を卒業、修士となる。北野は、日本人としては初のモスクワ国際関係大学卒業生となる[3]。
大学卒業後、カスピ海北西岸・カルムイク共和国(ロシア連邦を構成する一国)の大統領キルサン・イリュムジーノフの顧問をつとめる。北野は大統領に
- 「日本から最新の農業技術を持ってきて、カルムイク共和国を農業大国にする」
- 「観光資源としてチベット仏教を発展させ、日本の仏教界と結びつけることで仏教を大復興させる」
- 「日本企業を呼び込んで投資させる」
2003年、日本企業のロシア進出をアドバイスする会社『International Most Trading Ltd.』をザンツェフという人物(のちに病没)とともにを設立した。[要出典]
2001年9月より、増田俊男が主宰編集する月刊誌「力の意志」(サンラ出版)で「グローバルアイ・ロシア」を連載。
2008年、日本語通訳者のロシア人女性と結婚。11年に長女、15年に長男が誕生している。
2018年11月、ロシアのインターネット規制が強化されたことにより生活に実害が出たこと、またロシアの過去と現状を分析した結果「ネット規制はさらに強化されていく」と予測したため、妻子を連れて日本に完全帰国した[5]。