十念寺 (長野市)
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位置
北緯36度39分06秒 東経138度11分11秒 / 北緯36.65167度 東経138.18639度座標: 北緯36度39分06秒 東経138度11分11秒 / 北緯36.65167度 東経138.18639度
山号
紫雲山
院号
頼朝院
| 十念寺 | |
|---|---|
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| 所在地 | 長野県長野市西後町1568 |
| 位置 | 北緯36度39分06秒 東経138度11分11秒 / 北緯36.65167度 東経138.18639度座標: 北緯36度39分06秒 東経138度11分11秒 / 北緯36.65167度 東経138.18639度 |
| 山号 | 紫雲山 |
| 院号 | 頼朝院 |
| 宗旨 | 浄土宗 |
| 正式名 | 紫雲山 頼朝院 十念寺 |
| 法人番号 | 6100005000475 |
十念寺(じゅうねんじ)は長野県長野市南長野西後町に存在する浄土宗の寺院。山号は紫雲山、院号は頼朝院。善光寺七寺に挙げられる場合がある。
寺伝によれば、建久8年(1197年)に源頼朝が善光寺を参詣した際に、阿弥陀三尊が出現し十念を授けたことにより、頼朝が寺領を寄進し、僧念阿良慶を開山として創建したと伝わる。実際には『仏向派血脈譜』から、南北朝時代初期に、時宗の一向俊聖の高弟である一願阿聖が開山したとされる。大塔合戦を描いた『大塔物語』には、守護方の大量の戦死者の死骸を十念寺の聖と善光寺妻戸衆が埋葬したことが記されており、その墓地には応永15年(1408年)に十阿上人のために建てられた板碑がある。
その後は無住となり荒廃したが、寛永年間(1624年〜1645年)に寛慶寺住職円誉秀甫が入寺し重興となり、現在に至る。弘化4年(1847年)の善光寺地震では本堂や大仏堂などが倒壊している。