千葉亀雄
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山形県酒田市に生まれ、5歳から母の実家がある宮城県美里町、13歳から仙台市で育つ。早稲田大学高等師範部中退。はじめ江東の号で小説を書いたが、以後国民新聞、読売新聞、時事新報、東京日日新聞など新聞の社会部長や学芸部長を務め、その傍ら文芸評論も書いた。『サンデー毎日』編集長として「サンデー毎日新人賞」を開始するなど大衆文学にもかかわる。
大正末から昭和初年にかけての大きな文学潮流となった「新感覚派」の命名者として知られる。
死後、小説家の登竜門として「千葉亀雄賞」が創設され、井上靖、沙羅双樹、黒岩重吾らを輩出した[1]。墓所は多磨霊園[2]。
美里町近代文学館に遺品約160点を収蔵した千葉亀雄記念文学室がある。
著書
復刊
- 『ペン縦横』(湖北社、近代日本学芸資料叢書 第12輯) 1989年
- 『坪内逍遥伝』(湖北社、近代日本学芸資料叢書 第11輯) 1989年
- 『千葉亀雄著作集』全5巻(ゆまに書房) 1991 – 1993年
- 『新感覚派の誕生』(日本図書センター、近代文芸評論叢書) 1992年