千葉勝利
From Wikipedia, the free encyclopedia
大学卒業後の1994年、翌年に国体を控えた福島県スキー連盟のスキージャンプ強化選手として採用され福島県体育協会勤務。1995年全日本スキー選手権大会(白馬ジャンプ競技場)ではラージヒルを制する。期待された国体では4位だった。
1995年、東洋実業グループ入社。入社1年目のUHB杯サマージャンプ大会では2本目に14人抜きで逆転優勝を果たす。 1994/95シーズンはコンチネンタルカップで165ポイントを獲得し総合57位、1995/96シーズンは271ポイントを獲得して27位となった。
1998年の長野オリンピックではテストジャンパーの一員として競技運営をサポートした。 スキージャンプ・ワールドカップでは1999年1月23日札幌・大倉山での7位が最高位。 2000/01シーズンのコンチネンタルカップ総合では自己最高の25位となったが、2001年3月24日の伊藤杯シーズンファイナル大倉山ナイタージャンプ大会を最後に現役引退。その前日伊藤杯 宮の森ナイタージャンプ大会では現役最後の優勝を飾った。
2002年より札幌国際ビル(株)に入社、サッポロノルディックスキークラブコーチに就任。 主に札幌ジャンプ少年団のジャンプ技術指導で選手の発掘・育成・強化にあたっている。 2004年からは全日本スキー連盟ジャンプJr.コーチとしても若手を育成している[1][2][3][4][5]。