千葉県立千葉盲学校
千葉県四街道市にある特別支援学校
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概要
沿革
医師飛田良吉が1900年(明治33年)に千葉訓盲会を組織して盲人向けの不定期の講習会を開始し、1908年(明治41年)に常設の鍼按講習所を千葉市に設置した[7]。1910年(明治43年)に千葉訓盲院が開設され、飛田が院長となった[7]。千葉町寒川(千葉市寒川町)の民家を購入して教室とし、約20人の生徒が学ぶようになった[8]。
財政上の困難から千葉県教育会に経営を引き継いで県から補助金を得ることを選択し、1912年(明治45年)6月6日に私立学校令により設立認可を受け、教育会館旧建物を利用した[9]。1924年(大正13年)に千葉盲学校と改称し、1933年(昭和8年)に県立に移管されて、千葉県立盲学校となった[7]。千葉市亥鼻に開校し、寄宿舎を設けた[10]。
1948年(昭和23年)に新学制により小学部、中学部、高等部、専攻科を置き[11]、1949年(昭和24年)には千葉県立千葉盲学校と改称した[7]。同年に千葉市今井町に移転、1951年(昭和26年)には 千葉寺町、1956年(昭和31年)には小中台町と市内を移転し、1969年(昭和44年)1月に四街道校舎に移転が完了した[11]。同年には幼稚部を設置している[11]。
2007年度(平成19年度)には、校内に視覚支援センターを立ち上げ、県内の視覚障害教育のセンター機能を果たしている[12]。
特徴的な活動
造形活動
1974年から1998年まで、美術家の西村陽平が小学部の教員として図画工作を担当し、多量の粘土を触覚で感知しながら制作する造形活動を指導した[13]。作品の一部は焼成され、1978年7月に千葉県立美術館で行った「第1回陶芸展」[14][15]、1985年12月にギャラリーTOM で開催され、神戸市立盲学校の作品と合わせて盲学校の美術教育の潮流を示した「ぼくたちの作ったもの展」[16]など国内の展示のほか、1984年10月にはカナダのバンクーバーで陶芸作品展を開催している[14][17]。
作品のうち123点はその後2003年[13]に愛知県陶磁美術館に収蔵されたが[18]、残りの約130点は校内に保管されてきた[19]。2025年には、筑波大学彫塑教室が中心となって、残された作品を保護、公開、資料化、活用するためのクラウドファンディングが行われ[19]、目標額を達成した[13]。
読書活動
幼稚部の3歳児から専門教育を受ける理療科の学生まで幅広い幼児・児童・生徒を対象に、墨字本のほかに、さわって見る絵本、拡大写本、点字図書、録音図書等を所蔵し、読書活動を行っている[20][21]。これらの資料は通常の図書と比べてが種類が限られニーズに合ったものが市販されていないため[22]、昭和30年代の小中台校舎時代に隣接する千葉県立千葉女子高等学校の生徒が朗読サービスを行ったことを契機に図書ボランティアが活動を開始し[23]、以降多くのボランティアが関わって製作されてきた[24]。2014年に平成26年度子どもの読書活動優秀実践校・文部科学大臣表彰を受賞した際には、40団体約700名のボランティアに支えられていると報告されているが[20]、近年では、他の施設と同様に高齢化と人材不足が課題となっている[22]。
交通
設置学部
- 幼稚部
- 小学部
- 中学部
- 高等部
- 普通科
- 総合生活科
- 保健理療科
- 高等部専攻科
- 保健理療科
- 理療科
