南アフリカ航空228便墜落事故

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概要 パイロットエラー空間識失調、及び設計上のミスによるCFIT
現場 南アフリカ共和国の旗南西アフリカ ウィンドフック・ホセア・クタコ国際空港の東5km地点
南緯22度26分 東経17度34分 / 南緯22.433度 東経17.567度 / -22.433; 17.567座標: 南緯22度26分 東経17度34分 / 南緯22.433度 東経17.567度 / -22.433; 17.567
乗客数 116
南アフリカ航空 228便
同型機のボーイング707
事故の概要
日付 1968年4月20日
概要 パイロットエラー空間識失調、及び設計上のミスによるCFIT
現場 南アフリカ共和国の旗南西アフリカ ウィンドフック・ホセア・クタコ国際空港の東5km地点
南緯22度26分 東経17度34分 / 南緯22.433度 東経17.567度 / -22.433; 17.567座標: 南緯22度26分 東経17度34分 / 南緯22.433度 東経17.567度 / -22.433; 17.567
乗客数 116
乗員数 12
負傷者数 5
死者数 123
生存者数 5
機種 ボーイング707-344C
機体名 Pretoria
運用者 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ航空
機体記号 ZS-EUW
出発地 南アフリカ共和国の旗 ヤン・スマッツ国際空港
第1経由地 南アフリカ共和国の旗 ウィンドフック・ホセア・クタコ国際空港
第2経由地 アンゴラの旗 クアトロ・デ・フェベレイロ空港
第3経由地 スペインの旗 グラン・カナリア空港
最終経由地 西ドイツの旗 フランクフルト空港
目的地 イギリスの旗 ヒースロー空港
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南アフリカ航空228便墜落事故(みなみアフリカこうくう228びんついらくじこ)は、1968年4月20日南西アフリカ(現ナミビア)で発生した航空事故である。ヤン・スマッツ国際空港からヒースロー空港へ向かっていた南アフリカ航空228便(ボーイング707-344C)が経由地のウィンドフック・ホセア・クタコ国際空港から離陸した直後に墜落し、乗員乗客128人中123人が死亡した[1]。この事故はナミビア史上最悪の航空事故となっている[2]

事故機

事故機のボーイング707-344C(ZS-EUW)は、1968年に製造番号19705/675として製造され、同年2月5日に初飛行を行っていた。南アフリカ航空に納入されたのは2月23日で、総飛行時間はわずか238時間の新造機だった[1][3][4]

乗員

機長は49歳の男性で、操縦を担当していた。総飛行時間は18,102時間で、ボーイング707では4,608時間の飛行経験があった。しかし、ボーイング707-344Cにおいては訓練中で、1時間程の経験しか無かった[5][6]

副操縦士は34歳の男性であった。総飛行時間は4,109時間で、ボーイング707では229時間の飛行経験があった[7]

航空機関士は50歳の男性であった。総飛行時間は11,443時間で、ボーイング707では2,688時間の飛行経験があった[8]

航空士は44歳の男性であった[8]。228便にはこの他にもう1人パイロットが乗務していた。このパイロットは26歳の男性であった。総飛行時間は1,000時間で、ボーイング707では79時間の飛行経験があった[9]

事故の経緯

228便はヤン・スマッツ国際空港からウィンドフック・ホセア・クタコ国際空港クアトロ・デ・フェベレイロ空港グラン・カナリア空港フランクフルト空港を経由してヒースロー空港へ向かう国際定期旅客便だった。ヤン・スマッツ国際空港からは70人の乗客が搭乗しており、ウィンドフック・ホセア・クタコ国際空港でさらに46人が搭乗した[10]GMT18時49分、228便はヤン・スマッツ国際空港の滑走路08から離陸した。事故当夜は新月であった。機体は650フィート (200 m)まで上昇し、水平飛行に移った。30秒後、228便は降下を開始した。離陸から50秒後、228便は滑走路から5,327m離れた地表に271ノット (502 km/h)の速度で衝突した。墜落時、機体は僅かに左に傾いた姿勢で、4基のエンジンが最初に地面に接触した。墜落時の衝撃により主翼内の燃料が発火し、2ヶ所で火災が発生した。現場は起伏の激しい場所であったため、救助隊が到着したのは40分後のことだった。機体前方部に着席していた9人の乗客が救助されたが、後に4人が死亡し、死者数は123人となった[1][3][11]

事故調査

関連項目

脚注

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