南家碩次

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南家 碩次(なんけ せきじ[1][2]1895年明治28年〉3月3日[1] - 没年不明)は、日本実業家

鳥取県西伯郡外江村(現・境港市外江町)に生まれる[3][4]1917年第六高等学校を卒業する[5]1920年東京帝国大学工学部採鉱学科を卒業する[6]満鉄に入社する[2][7]。鞍山製鉄所に勤務する[7]

1923年、鞍山製鉄所桜桃園採鉱所長[7]1924年、撫順炭鉱古城子採炭所に勤務する[7]1931年、撫順炭鉱揚柏堡採炭所長[7]昭和製鋼所採鉱部次長、採鉱部部長を経て1941年理事に就任[7]

1943年、満州製鉄理事[7]1945年、満州製鉄東辺道支社長[7]鋼管鉱業取締役、三信建設社長、三信採石社長、三信コンサルタント社長をつとめる[7]

人物

著書は『鑛山に賭ける』[7]、『或る鉱山技師の手記』[8]などがある。宗教は曹洞宗[2]。趣味は洋画囲碁[2]謡曲[3][4]。住所は東京都練馬区中村一丁目[1][2]

家族・親族

脚注

参考文献

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