南岩倉具威 From Wikipedia, the free encyclopedia 南岩倉具威 南岩倉 具威(みなみいわくら ともたけ、1869年7月10日(明治2年6月2日) - 1945年(昭和20年)10月11日[1])は、明治から昭和時代の華族、貴族院議員。爵位は男爵。 堀河康隆の子。妻は従一位宮中顧問官岩倉具綱の娘、亥尾子。子に具勝、爵位を襲爵した具聡、具俊、紙恭輔の妻となった万佐子らがいる。 来歴 幼名は昌丸。従兄にあたる興福寺正知院住職・南岩倉具義(岩倉具視の長男)の養子となる。1884年(明治17年)に男爵を授爵、岩倉家の門流南岩倉家を相続する。その後、日本橋簡易商業夜学校(現在の中央学院大学)の初代校長なども務めた。1897年(明治30年)7月10日、貴族院男爵議員に就任し[2]、1925年(大正14年)7月9日まで4期在任した[3]。 栄典 位階 1918年(大正07年)07月10日 - 従三位[4] 1940年(昭和15年)07月01日 - 従二位[5] 勲章等 1940年(昭和15年)8月15日 - 紀元二千六百年祝典記念章[6] 脚注 [脚注の使い方] ↑ 霞会館 1996, p. 694. ↑ 貴族院事務局 1947, p. 8. ↑ 衆議院 & 参議院 1990, p. 86. ↑ 『官報』第1782号「叙任及辞令」1918年7月11日。 ↑ 『官報』第4066号「叙任及辞令」1940年7月26日。 ↑ 『官報』第4438号・付録「辞令二」1941年10月23日。 参考文献 貴族院事務局『貴族院要覧(丙)』 昭和21年12月増訂、貴族院事務局、1947年。 衆議院、参議院『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。 霞会館『平成新修旧華族家系大成』 下巻、吉川弘文館、1996年。 関連項目 奈良華族 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 日本の爵位 先代叙爵 男爵南岩倉家初代1884年 - 1945年 次代栄典喪失 Related Articles