南波誠 From Wikipedia, the free encyclopedia 南波 誠(なんば まこと、1950年[1] - 1997年4月23日?)は、日本のヨットセーラーである。京都府京都市伏見区出身[1]。京都産業大学卒業。アメリカスカップに過去2回ニッポン・チャレンジの一員として参加し、中でも1995年大会ではスキッパーとしてニッポン・チャレンジを率いたが、いずれも予選であるルイ・ヴィトンカップで敗れた。その後、ヨットレース中に救命胴衣をつけていないまま海に落ち消息を絶った。 1992年 ルイ・ヴィトンカップに出場、予選敗退、スキッパーはクリス・ディクソン。 1995年 ルイ・ヴィトンカップに出場、スキッパーとしてチームを率いるも予選敗退。 1997年 4月23日、大阪市主催のヨットレース「SAIL OSAKA '97」に参加中、室戸岬沖南南東約58キロの地点で[1]救命胴衣をつけないまま海に落ち行方不明となる。亡くなったものと最終的に判断された。 雑学 アサヒスーパードライのCMに出たことがある。 アメリカスカップは当時NHK-BSで連夜に渡って放送された。(ニッポン・チャレンジ以外の勝負も含めて) 脚注 1 2 3 『現代物故者事典 1997~1999』(日外アソシエーツ、2000年)p.443 関連書籍 1992年4月5日俺達は負けた―アメリカズカップ初挑戦の記録(松原仁・原健 共著) この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。表示編集 Related Articles