南部広美
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岩手県花巻市出身。花巻市立花巻中学校[1]、花巻北高等学校卒業。小学生の頃にはテレビに出ている人への憧れがあり、「東京へ出れば扉が開けるのではないか」と思って上京し、放送の専門学校へ進学する[2]。
声にまつわる仕事は19歳ぐらいからアルバイトで始めて、ゲレンデDJやイベントの司会をするうちに、ラジオの仕事の機会を得るようになる[2]。ラジオたんぱでは株式市況情報の契約アナウンサー、J-WAVEではニュース担当アナウンサーとして7年間勤務。35歳からの3年半はロンドンに在住した。
2011年3月に東日本大震災が発生したのがきっかけで、故郷の岩手県に戻る。同年秋にTBSラジオ『柳瀬博一・Terminal』への出演が決まり、フリーアナウンサーとなる。同番組への出演時は岩手から通っていた。
2013年春に『荻上チキ・Session-22』のオーディションを受けるために再上京。番組出演が決まった。
2025年12月19日から体調不良のため休養。2026年3月20日、復帰のめどが立たないとして、『荻上チキ・Session』を降板することが発表された[3]。
人物
- 家族:弟がいる[4]
- 好きな人物:岩手にいる頃から小泉今日子のファンであった[5]
- 性格:先に宿題をやってから遊びに出かけるタイプ。引きずったまま遊びに集中できないことが嫌だから、やらないといけないことは先にやる[6]。決められている中ではパフォーマンスを最高に発揮できないタイプなので、自分の気が乗らなければ絶対にやれない性質という[7]。
エピソード
- 『ジェーン・スー 生活は踊る』の2023年8月21日放送分に、ジェーン・スーの代理として出演した際に、番組パートナーの小笠原亘(TBSアナウンサー)が同じ岩手県出身であることから、方言を交えて地元の話をした[8]。2024年1月8日放送分もピンチヒッターで出演。
- 東京での生活も長いことから、南部いわく「私や小笠原さんが喋る岩手の言葉も、今岩手に暮らしていらっしゃる方からすると、やっぱりちょっと東京ナイズされているっていうか、ネイティブからは少しちょっとなぁ。花巻弁にはまだまだだなぁーっていう感じで弟とか言われる」という[9] 。
- 「東京に出てきたばかりの頃はアナウンサーになろうというよりは、アイドルになりたいと思っていた。東京に行きさえすれば、原宿を歩いていたらスカウトされるもんだと思っていたので、一生懸命方言を隠そうとした。30代くらいまでかな。30代過ぎて、これは私の個性なんだなと認められるようになってから、これは2チャンネル使い分けられる。言語として。パッと。相手が岩手の人じゃかったとしても、じゃじゃじゃって出る瞬間性みたいなのは備わっているものだなと気づいた」と方言への思いを話した[10]。
- 1993年頃、「サンバ好きのOL」という触れ込みで、テレビ東京の番組にサンバカーニバルの装飾付きビキニの衣装で出演したことがある。