南鮮 ウィキメディアの曖昧さ回避ページ From Wikipedia, the free encyclopedia 南鮮(なんせん、朝鮮語: 남선) は、朝鮮半島に関して次のような意味で用いられる: 竹駕嶺地溝帯[1]ないしは楸哥嶺地溝帯(朝鮮語版)[2]を境界として南・北鮮に区分された[1]もののうち南半分[2]。 日本統治時代においては、北・西・中・南鮮に区界されたもののうち、全羅南道・全羅北道・慶尚北道・慶尚南道[2][3]。 第二次世界大戦後においては、南朝鮮(大韓民国)を指す略称として使用される場合がある。戦後しばらくの間は、メディアなどで一般的に使用されていたが、現在ではあまり使用されてはいない。 脚注 [脚注の使い方] [1]朝鮮總督府『調査資料第三十八輯 生活状態調査 (其五) 朝鮮の聚落前篇』昭和八年三月三十日發行、四一六頁。 [2]下中彌三郎編輯『東洋歷史大辭典 第六巻』平凡社、昭和十三年一月二十五日 初版第一刷發行、一六四頁。 [3]伊藤正愨編輯『朝鮮に於ける家庭工業調査』京城商工会議所、昭和十二年三月丗一日發行、一七~一九頁。 関連項目 南鮮合同電気 (1937〜1961) - 韓国電力公社の母体の一つ。 南鮮経済新聞 (1946〜1950) - 毎日新聞の旧名。 南鮮アルミニウム(朝鮮語版) (1947〜) - 1990年以前は南鮮輕金屬工業社。 南鮮共和国 (〜1976) - 『バトル・ロワイアル』に登場する、かつて朝鮮半島の南半分を統治した全体主義国。「40年で失敗」したとされる。 北鮮 東鮮暖流 西鮮中央鉄道 このページは曖昧さ回避のためのページです。一つの語句が複数の意味・職能を有する場合の水先案内のために、異なる用法を一覧にしてあります。お探しの用語に一番近い記事を選んで下さい。このページへリンクしているページを見つけたら、リンクを適切な項目に張り替えて下さい。 Related Articles