危口統之
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1975年(昭和50年)岡山県倉敷市生まれ。父は洋画家の木口敬三[1]。1993年(平成5年)に横浜国立大学工学部建築学科に入学する。在学時より演劇活動を開始する。1999年(平成11年)に大学を卒業。ほどなくして演劇活動を休止し、建設作業員として働き始める(なお、このときの経験は、のちに「搬入プロジェクト」として活かされることになる)。
2008年(平成20年)に劇団「悪魔のしるし」を旗揚げし、演劇活動を本格的に再開する。以降、フェスティバル/トーキョー公募プログラム参加を皮切りに、トーキョーワンダーサイト国内交流プログラム参加(2011年)、セゾン文化財団ジュニアフェロー(2012-13年)などにより、活動の場を国内外へ広げていった[2]。
2016年(平成28年)12月7日悪魔のしるし公式サイトにて肺がんステージ4であることを発表した[3]。その後故郷の倉敷で療養を開始し、ブログ「疒日記(やまいだれにっき)」でその思考を綴っていた[4]。また舞台公演「蟹と歩く」の上演を立案[5]。2017年(平成29年)3月17日、病状悪化のため42歳で死去[6]。
危口の没後、建築家の石川卓磨やデザイナーの宮村ヤスヲ、企画・プロデュースの金森香ら悪魔のしるしメンバーによって作品アーカイビング活動が行われた。2018年(平成30年)には危口の遺志を継ぐ形で搬入プロジェクトの実施についてCC0の権利放棄やマニュアルの作成などが行われた[2][7]。