厚東武直
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長州藩(のち山口県)の出身。弘化2年の生まれとする資料もある[1]。
明治5年(1872年)5月26日、陸軍少佐に任ぜられ正七位に叙せられる。明治6年(1873年)従六位となり、明治7年(1874年)の佐賀の乱では歩兵第四大隊長として出征した[1] [2]。
同年8月27日に歩兵第六連隊長に補され、明治7年(1874年)11月24日に陸軍中佐へ昇進。翌日歩兵第八連隊長に転じ、明治12年(1879年)5月まで在任した。
明治10年(1877年)の西南戦争では、中佐として歩兵第八連隊を率い [3]、三浦梧楼少将の右翼指揮下に入り上木場口の戦闘で軍功を挙げた[1]。明治11年(1878年)1月31日、黒木為禎らとともに勲四等旭日小綬章を受章し、同年11月21日陸軍歩兵大佐に進む。
明治13年(1880年)に名古屋衛戍司令官に補され、従五位に叙せられた。明治16年(1883年)には第2軍管第3師管後備軍司令官、明治17年(1884年)に改称された仙台鎮台後備軍司令官を務め、同年勲三等旭日中綬章を受章した[1]。
明治18年(1885年)8月24日、仙台衛戍司令官に転じ、同年9月29日東京滞在を命ぜられる。明治19年(1886年)11月16日に正五位に昇進した。
明治20年(1887年)3月4日に東京滞在を免ぜられ、非職となるが、同年7月頃より精神疾患の兆候を示し、10月1日自宅の庇で縊死した。享年40[1]。妻は厚東遊喜子(嘉永2年-明治34年)