原光隆
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来歴・人物
愛知県田原市出身。愛知県立成章高等学校[2]、立教大学社会学部社会学科卒業[1]。立大では放送研究会に所属、同会の先輩には上柳昌彦(元ニッポン放送)、後輩には川端健嗣(元フジテレビ)、寺崎貴司(元テレビ朝日)らがいた。「有名人と話がしたくて」アナウンサーになったとインタビューで答えていた[1][3]。
1983年に東海ラジオに入社[1]。一度アナウンサーになった後、2003年まで事業部に所属していたが、アナウンス課の課長として復帰し、のちに、報道部長に異動した。
2019年8月29日に60歳となり、同日をもって東海ラジオを定年退職。9月1日よりフリーアナウンサー、ラジオパーソナリティとして東海ラジオを中心に活動する[4]。
出演番組
過去
東海ラジオ
- とびっきりNiGHT(火曜日2部、1984年11月-1985年10月)[1]
- 今夜恭子とペガサスと(後藤恭子と共演)
- ここがSF一丁目(レポーター→1988年4月から金曜メインパーソナリティ、1986年10月-1988年9月)[1]
- 朝はゆき色 ラジオいろ(兵藤ゆきと共演)
- ロックンロール・ノイズ(1987年4月-)
- うたワイドベスト50(1988年10月-1989年3月)
- 今夜もチョットいい話(マルシアと共演、1989年4月-)
- 原光隆のミネラルワイド(土曜日 6時45分-8時45分、1992年10月-1994年10月)
- 朝はラジオで新呼吸(土曜日 7時-8時45分[5]、1994年10月-1995年4月)
- 原光隆のいきいきワイド(平日夕方に放送。1995年4月-1997年4月)
- 原光隆の土曜はごきげん(土曜9時-12時、2004年4月-2006年3月)
- 美味時間(月曜日・火曜日 12時-13時)
- サンデー・イン・ザ・パーク(2007年12月- )
- はやおきラジオ 水谷ミミです(日曜日 6時30分-9時)
- ミッドナイト東海21(2010年4月の放送から2012年9月まで金曜日を担当)
- SFビートクラブ(土曜日深夜 26時30分-27時)
- 原光隆 ニュースファイル(月曜日 20時-20時30分、2014年9月まで)
- 矢野きよ実の朝は矢野流(平日 7:00 - 9:00、2014年9月29日 - 2017年9月29日)
- 原光隆 はやバン! (平日 6:00 - 7:00、2014年9月29日 - 2018年9月28日)
- 小島一宏 モーニングッド!(ニュースデスク、平日 7:00 - 9:00、2017年10月2日 - 2018年9月28日)※番組開始の2017年10月から3月の間、月曜日の8:20以降はエンディングまで小島に代わって番組を進行していた[6]。
- なごやか寄席(案内役、2018年10月6日 - 2019年3月23日)
- 歌謡曲主義 26時の歌謡曲(木曜、2018年10月4日 - 2020年3月26日)
- 原光隆の歌謡曲主義[7](日曜パーソナリティ、2018年10月7日 - 2022年3月27日 )
- first touch(安蒜豊三or村上和宏休暇時の代打→金曜日担当(2024年4月5日-)→全曜日(単独)担当(2025年4月[8] [9] -2025年9月26日)
- 定時ニュース
- 東海ラジオの放送開始(オープニング)と放送終了(クロージング)のアナウンス(2008年10月-)[10]
など
その他
- サンキューイブニング(ラジオサンキュー、2023年3月6日 - 2025年9月29日、毎月第1・3・5月曜日)
CM
エピソード
- 趣味は映画鑑賞。自分が見た映画を、前後半に分けて自身の東海ラジオアナウンサーブログで紹介しているほか、原が出演する番組では映画の話題を中心とするコーナーがしばしば組まれることがある。
- 「サンデー・イン・ザ・パーク」では、年末になると番組コーナーの「ようこそ イン・ザ・パーク」にゲストとして出演し、パーソナリティの上田定行や青山紀子とともにベスト3を紹介している。
- 「矢野きよ実の朝は矢野流」では、毎週金曜日に自身のコーナーである「原流映画道」で、独自の視点で映画を紹介していた[11]。