陸奥国津軽郡森田村(西津軽郡森田村を経て現つがる市)の旧家上原家[注 1]に生まれる。1904年(明治37年)12月に家督を相続[3]。1891年(明治24年)から1903年(明治36年)まで西津軽郡会議員、同年から1907年(明治40年)まで青森県会議員を務めた。この間、1891年(明治24年)から1916年(大正5年)の16年間に渡り、西津軽郡水利組合議員として水利事業の発展に貢献した。
1916年(大正5年)青森県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年8月16日から務めたが[4]、就任からわずか2か月後に死去した[5]。