原輝美
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諏訪市湖南の製糸業を営む家に生まれる。
長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)を経て、1902年に医学を学ぶため単身渡米。親の希望で医学を学ぶも、美術に志向していく。
1905年 画家になる事を決め美術学校に入学。
1907年 美術学校で優秀な成績を修めイギリスに留学。ロンドンのPolytechnic School of Artに入学。高村光太郎と交流をもつ。
1908年 アメリカに戻る。10月よりニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグ、翌年より帰国までナショナル・アカデミー・オブ・デザインにて学ぶ。傍ら、学費・生活費のため仕事をしたり、設立間もないニューヨーク日本人青年会(Japanese American Association of New York 通称JAANY)で役員(会報編集)を務める等、活発に活動。
1912年 祖母の体調悪化のため帰国。再びのヨーロッパ留学を願うも、家業の経営不振の影響もあり、以降の渡航は叶わなかった。
家業の製糸工場を継ぎ、趣味として絵画制作をし、晩年は俳句、古文書研究をした。