慶長9年(1604年)に毛利氏家臣である口羽元良の次男として生まれ、嗣子のいない叔父・元智の養子となる。
慶長19年(1614年)3月5日に毛利輝元の加冠状を受けて元服し、「元」の偏諱を与えられて「元衡」と名乗った。
寛永3年(1626年)4月10日に養父・元智が死去[1]したためその後を継ぐ。寛永4年(1627年)1月1日に毛利秀就から「半右衛門尉」の官途名を与えられ、同年2月17日に父・元智の所領である長門国美祢郡伊佐村329石と周防国玖珂郡久原村121石の合計450石の地を相続した。
寛永12年(1635年)12月2日に伊勢国桑名において32歳で病死。嫡男の就之が後を継いだ。