新潟県新潟市西区出身。フェンシング一家に育ち、5歳で競技を始めた。父の古俣治久は、世界選手権に出場経験のある元エペの選手。2歳上の姉ともに、自宅脇の練習場で高校卒業まで指導を受けた[1]。
2016年、新潟第一高等学校卒業。2020年、中央大学法学部卒業。2020年4月、本間組入社。2024年5月、パリ五輪フェンシング男子エペ代表(団体リザーブ選手)に内定[2][3]。
2024年8月2日、2024年パリオリンピックフェンシング男子エペ団体で、日本はハンガリーに延長戦の末、25-26で敗れ、銀メダルとなった。
日本男子エペ団体メンバーは、加納虹輝(JAL)、見延和靖(ネクサス)、山田優(山一商事)、古俣は今大会、団体戦のみに出場できる補欠「リザーブ」として登録された。決勝のハンガリー戦には、加納、山田、古俣の3人で臨んだ。古俣は3点をリードされた第3試合に登場すると、果敢な攻めで4点を挙げ、1点差に詰め寄った。その後、再びリードされた7試合目も積極的に攻めた。加納、山田がそれぞれ1-3で敗れたハンガリーのコホに対し、3連続ポイントを奪うなどして5-3とポイントで上回り、スコアを16-17の僅差に戻した[4]。
2024年9月11日に新潟県民栄誉賞を受賞[5]。