古川久吉 (1846年生の実業家)
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広島市観音村[1](現・広島県広島市西区観音地区)生まれ。古川伊三郎の長男[3][6][10]。後家督を相続する[3][6]。維新前より米穀商を営み、旧藩の御用を勤める[1]。1870年、醤油醸造を始める[1]。
1882年、堺町に於いて清酒醸造を兼営する[1]。1887年、紙屋町へ酒造場を増築する[1]。1889年、自家の向かいへ移転し、専らその発展に努力し、実地の状勢に応じ醤油酒醸造の石数を年々増加し外国に輸出するに至り酒造業は賃貸に改め、専心優良の醤油醸造に腐心する[1]。
広島産業銀行、藝備銀行各取締役[9]、藝備鉄道、廣島銀行、広島商業銀行、広島貯蓄銀行各監査役などをつとめる[6][10]。