古生層
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日本列島における古生層
かつて、日本列島の大部分(本州区[注釈 2])の基盤をつくる古い時代の地層は、石灰岩から古生代の化石が見つかることから古生代に形成されたと考えられ「秩父古生層」などと呼ばれていたが[4]、その後岩石中の放散虫の分析などにより、大部分が中生代のものであると判断されるようになった[5]。
例えば、丹波帯の基盤岩である丹波層群はかつて古生層とされていた[6]。これは石灰岩に含まれるフズリナやサンゴの化石から、古生代二畳紀前期から二畳紀中期に堆積したものであり、層群下部については丹波帯の西部に発見されていた石炭紀後期の化石から、古生代の石炭紀から二畳紀に堆積した「上部古生層[注釈 3]」とされていたが[8]、層状チャートでの三畳紀のコノドントの発見や、放散虫の分析により、主に中生代の三畳紀後期からジュラ紀後期の付加体であることが判明している[9][10]。
その結果、本州区において一定の面積で古生界が占める地域が見られるのは、北上山地と中国地方にのみという状況となった[5]。 とりわけ放散虫の分析による地層の時代の見直しは、1980年代を中心に[4]、多く見積もっても10年の間に起きた急激な変化であり「放散虫革命」ともいわれる[5][11]。
そのため、昭和期に編纂された自治体史の地質などの記述[注釈 4]において、「古生層」と記載される基盤の多くが中生代のものであることに留意が必要となる。