古谷義幸 From Wikipedia, the free encyclopedia 生年月日 (1947-07-08) 1947年7月8日(78歳)出生地 神奈川県秦野市出身校 法政大学経済学部通信教育課程所属政党 無所属 日本の政治家古谷 義幸ふるや よしゆき生年月日 (1947-07-08) 1947年7月8日(78歳)出生地 神奈川県秦野市出身校 法政大学経済学部通信教育課程所属政党 無所属称号 旭日中綬章 第7代 神奈川県秦野市長当選回数 3回在任期間 2006年1月31日 - 2018年1月30日 神奈川県議会議員選挙区 秦野市選挙区当選回数 2回在任期間 1995年4月30日 - 2001年 秦野市議会議員当選回数 4回在任期間 1975年9月11日 - 1991年9月10日テンプレートを表示 古谷 義幸(ふるや よしゆき、1947年〈昭和22年〉7月8日[1] - )は、日本の政治家。神奈川県秦野市長(3期)、神奈川県議会議員(2期)、秦野市議会議員(4期)などを務めた。 神奈川県秦野市生まれ。秦野市立本町中学校、神奈川県立秦野高等学校卒業。法政大学経済学部通信教育課程卒業後、23歳の時に総理府青年海外派遣団に参加し、インド、ネパールを視察。1975年、秦野市議会議員選挙に出馬し、初当選を果たした。以後、4期16年にわたり秦野市議を務める。1988年、秦野市議会議長に就任[2]。 1995年、神奈川県議会議員選挙に出馬し、当選。県議を2期務め、新秦野赤十字病院の建設や小田急電鉄秦野駅へのロマンスカー停車等に尽力した。2001年12月、2期目の任期途中で県議を辞職。翌2002年1月の秦野市長選挙に出馬したが、現職の二宮忠夫秦野市長に敗れ、落選した[3]。 2006年1月、再び秦野市長選挙に出馬し、自民党推薦の新人を破り初当選した[4]。1月31日、市長就任[5]。 2010年、再選。2014年、元市議の高橋徹夫ら2候補を破り3期目の当選。投票率は39.62%。 2018年の市長選では元市役所職員の高橋昌和に敗れ落選[6]。 2020年、旭日中綬章受章[7]。 脚注 ↑ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、159頁。 ↑ 秦野市役所公式ホームページ/プロフィール ↑ 秦野市役所公式ホームページ/平成14年1月26日執行 秦野市長選挙・秦野市議会議員補欠選挙開票結果 ↑ 過去の選挙結果(2006年1月から3月まで) ↑ 任期満了日 - 神奈川県ホームページ ↑ “【神奈川】秦野市長選「公約必ず実現する」 投票率40・56%で高橋さんが初当選”. 東京新聞. (2018年1月22日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/list/201801/CK2018012202000116.html 2018年1月23日閲覧。 ↑ 『官報』号外第230号、令和2年11月4日 表話編歴 神奈川県秦野市長 中村新治1955.2-1957.2 清水虎吉1957.3-1961.3 加藤喜太郎1961.3-1969.3 栗原藤次1969.3-1981.12 柏木幹雄1982.1-1994.1 二宮忠夫1994.1-2006.1.30 古谷義幸2006.1.31-2018.1.30 高橋昌和2018.1.31- カテゴリ Related Articles