古里泰隆
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経歴
福岡第一高時代は、2年次の1988年に1学年先輩の前田幸長、山之内健一らとともに春の選抜に続いて夏の甲子園に出場。前田の後を受けリリーフ登板した。秋は県南部大会準決勝で新庄剛志を擁する西日本短大付高を破るも準優勝、3年夏は県大会初戦敗退。
1989年のプロ野球ドラフト会議にて阪神タイガースより4位で指名を受けて入団。契約金4000万円・年俸360万円(金額は推定)と決まった[1]。
プロ2年目の1991年にプロ初登板し、2勝をマークした。4年目の1993年はMLBのルーキーリーグ・ブリストル・タイガースに野球留学した。その後は、故障に泣き一軍登板は果たせず1997年限りで現役引退。1998年には中日ドラゴンズの浜松秋季キャンプに参加して入団テストを受けたが、不合格に終わった[2]。
引退後は1999年から中日の打撃投手に転向した。ちなみに現役時代にマークした2勝はすべて中日戦だった。2002年に阪神に復帰し打撃投手を務め、2003年からはスコアラーを務めている。2019年シーズンは対読売ジャイアンツ(巨人)スコアラーを担当する[3]。2024年シーズンは対東京ヤクルトスワローズスコアラーを担当している。
詳細情報
年度別投手成績
記録
背番号
- 52 (1990年 - 1997年)
- 112 (1999年 - 2001年)
- 103 (2002年)