台湾職業棒球大聯盟
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歴史
1992年、声宝巨人棒球隊、聲寶巨人棒球隊、聲寶巨棒隊が中華職棒に加盟を申請するが、声宝巨人のみ不認可となった。その後も声宝巨人による申請が行われたが、加盟許可が受けられなかったため、1995年3月に取り急ぎ結成を表明し、同年12月に声宝と年代電視とで台湾職業棒球大聯盟を立ち上げ、新リーグの運営母体とした。[3]
1997年よりリーグ戦を開始され、開幕戦は2月28日に嘉義県立野球場で行われた台北太陽戦であった。リーグ開始当初は、八百長事件で中華職棒の人気が落ちていたこともあり、後発ながら中華職棒をしのぐ人気を獲得した。しかし、選手を球団ではなくリーグが一括管理する方式(発足当初の四国アイランドリーグと同様の方式)を採用したため、戦力が均等となる長所の一方、チーム間の競争意識が希薄になる欠点があった。また球場からの選手の引き抜きが原因となり両リーグ対立、テレビ放映権における台湾決定戦などが実施されないこともあり台湾大聯盟の人気は次第に落ちていった。[3]
2002年シーズンオフには球団を2つに削減した上で、球団に親会社をつける事を条件として台湾大聯盟と中華職棒との合併が進み、2003年1月13日に両リーグの合併が行われ、台湾大聯盟の歴史に幕が下ろされた。[4]
球団
中華職棒との合併後
歴代優勝チーム
会長
- 關錦宗(1995年2月5日 - 1997年7月9日)・在任中に死去
- 王金平(1997年7月17日 - 2002年12月31日)・1997年9月22日までは代理として