合戸孝二
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20歳の時にジムに通い始める。だが当初は、トレーニング目的ではなく出会い目的でジムに入会した。それから、1年後に静岡県内で開催されたボディビルの大会を見て、本格的にボディビルに興味を持つようになる[2]。
1999年、左の視界に黒い斑点が見えるようになり病院を受診したところ、眼底出血を起こしていることが判明する。原因は眼の栄養失調であり、治療する場合競技を続けることが難しいと分かるや、左目の視力を犠牲にした[3]。
30代後半から成績を伸ばすようになり、2005年に44歳にして全日本ボディビル選手権優勝を果たす[4]。2007年から2009年までは大会3連覇を果たした。
その後も、国内外の大会でコンスタントに好成績を残すようになり、日本でも屈指のボディビルダーとして知られている。また、60歳を超えても一般の部で大会に出場しており、現役のボディビルダーとして第一線で活躍を続けている。
2010年以降の成績
2010年、男子ボディビル選手権大会70kg級で6位。
2011年、ミスターアジア優勝。アーノルド・アマチュア選手権大会70kg級で4位入賞。
2016年、胸郭出口症候群のため、14年連続で出場した日本ボディビル選手権を欠場[5]。
2017年、日本ボディビル選手権 4位[5]。
2018年、日本ボディビル選手権 5位[6]。
2019年、日本ボディビル選手権 6位。