吉典植
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1924年10月27日、日本統治時代の朝鮮の全羅南道長興郡に生まれた。京城第二高等普通学校(現・景福高等学校)を卒業後、延禧大学校(現・延世大学校)国語国文学科に進学した。大学時期は乗馬部に所属したため、1949年に陸軍騎兵大隊が創設されると、軍関係者から「オリンピックに出場するなら軍に入隊しろ」という勧誘があり、金鍾泌などと同期の陸軍士官学校8期に入学した。正規の8期生は6か月間の訓練を受けなければならなかったが、吉など大学の乗馬部員は2か月だけの教育を受けて士官候補生として活動した[3]。1961年には防諜部隊情報処長として5・16軍事クーデターに参加した[2]。1963年11月26日の第6代総選挙に故郷の長興で民主共和党から立候補して初当選し国会議員となった後、議員を合計5期務めた。議員時代は目立った議政活動はなかったが、党職として民主共和党の事務総長を8年間務めた重鎮である[3]。朴正煕の側近であったため、朴正煕暗殺事件以降は政治に関与することはなく、新軍部による政治規制を経て民族中興会の会長などを務めた[2][3][4]。
2011年12月21日、持病により87歳で亡くなった[5]。