吉岡健太郎
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小さい頃から野球、スキーをはじめ、スポーツに励む。小学校3年生(9歳)の時にスキー場でスノーボードを見て興味を持ち、父と姉と共に始める。スノーボードを初めて2年目にスノーボードアルペンに転向。14歳で出場したJSBA全日本選手権(14歳以下の部)では準優勝。富良野高等学校に進学。16歳の時に初めてJSBA全日本選手権(18歳以下の部)で優勝。19歳で初めて行った海外大会(イタリア)FISジュニア世界選手権では7位入賞。21歳でFISレース(イタリア)2日連続優勝。22歳にして国内最高峰のFIS全日本選手権で優勝。野生的な滑りで2010-2011シーズンは国内FISを4戦3勝という成績で圧倒的な力を見せつけた。2012年からワールドカップメンバーとして海外を転戦し、2015年日本トップでありながら一線から退いた。プロツアーは3年間にわたり6連勝したまま引退した。 2023年現役復帰を果たし、プロに返り咲き、プロツアー1勝、FIS大会で優勝、準優勝した。
ソチオリンピックシーズンに3度の決勝に進出するも日本の選考基準を超えることが出来ず冬季オリンピック代表落選。翌年に競技を引退[1]。
以前から子どもに関わる仕事をしたかったことから、引退後平成28年より札幌市で0~2歳までの乳幼児を受け入れる小規模保育所「富丘ニンニン保育園」を経営。自身も翌年から保育士養成校に3年間通い、幼稚園教諭と保育士資格を取得した。令和2年より認可保育所「富丘バオバブ保育園」を新たに開設。スポーツを通して培ったエネルギーを次世代の子どものために活用したいと強く考えている。生きる力を育て、自己肯定感の高い人を育てる保育園を運営している。[2]。