吉川良和
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吉川 良和 (きっかわ よしかず、1943年 - )は、日本 の中国音楽史 ・演劇史 学者。元一橋大学社会学部 教授。神奈川大学 人文学研究所客員研究員[ 1] 。専門は中国音楽史、演劇史。
1968年、埼玉大学 文理学部人文科卒業。1980年、東京都立大学 (1949-2011) 大学院人文科学研究科博士後期課程単位取得退学。1987年に神奈川大学 専任講師、1989年に同大学助教授、1996年に同大学教授を経て、1998年より一橋大学社会学部 教授。
『北京における近代伝統演劇の曙光―非文字文化に魂を燃やした人々』 創文社 2012年
『中国音楽と芸能』、創文社 、2003年
「わたくしの非文字文化芸能遍歴」(『創文』 (9), 1-3, 2013年)
「江戸時代の琴歌初探」(『國學院雜誌』 110(11), 382-394, 2009年)
「四川芸能との奇縁」(『東方』 (332), 2-6, 2008年)
「王鐘声事蹟二攷」(『一橋社会科学』 2, 69-126, 2007年)
「20世紀初頭における中国の女性と北京の演劇界」(『言語文化』 44, 88-91, 2007年)
「孔子の聞いた音楽と西太后の見た演劇 -中国非文字文化の研究」(『国学院中国学会報』 52, 11-21, 2006年)
「南礪系本目蓮尊者盆踊唄詞章校異初稿」(『社會學研究』 44, 3-94, 2006年)
「光緒卅三年の北京における娼妓義務戯の研究」(『一橋論叢』 135(3), 386-406, 2006年)
「口寄せ語りの日蓮物について」(『言語文化』 42, 93-101, 2005年)
「『救母経』と『生天宝巻』の成書年代商権」(『人文研究 神奈川大学人文学会誌』 155, 9-43, 2005年)
「中国非文字文化の世界とその研究をめぐって」(『創文』 (469), 15-17, 2004年)
A preliminary essay on the Mulian-Jiumjing and the Mulian Baojuan from the perspective of story-telling(Hitotsubashi University Research Series Social Science, 41/, 61-135, 2003)
「憶故人(下)」(『東方』 (263), 14-17, 2003年)
「中国古代コト属楽器札記―出土楽器と既存古楽器に関する調査報告の読み方」(『言語文化』,39/,115-124, 2002年)
「憶故人(上)」(『東方』 (262), 8-12, 2002年)
「漢代琴楽と孔子学鼓琴疑義」(『一橋論叢』,126(2)/, 135-153, 2001年)
「浙江の民衆芸能をたずねて」(『東方』 (235), 8-11, 2000年)
「日本の古典芸能と中国の伝統演劇の演出手法について」(『国文学 解釈と教材の研究』 45(2), 82-89, 2000年)
「4半世紀前の香港素描」(『東方』 (186), 7-11, 1996年)
「中国古代音楽史稿(14)」(共訳)(『人文研究』 (125), 21-55, 1995年)
「中国古代音楽史稿(13)」(共訳)(『人文研究』 (124), 97-112, 1995年)
「中国古代音楽史稿(12)」(共訳)(『人文研究』 (123), p37-68, 1995年)
「中国古代音楽史稿(11)」(共訳)(『人文研究』 (122), p89-126, 1994年)
「中国古代音楽史稿(10)」(共訳)(『人文研究』 (121), p21-69, 1994年)
「中国古代音楽史稿(9)」(共訳)(『人文研究』 (120), p141-177, 1994年)
「中国古代音楽史稿(8)」(共訳)(『人文研究』 (119), p105-142, 1993年)
「中国古代音楽史稿(7)」(共訳)(『人文研究』 (118), p131-171, 1993年)
「中国古代音楽史稿(6)」(共訳)(『人文研究』 (117), p31-84, 1993年)
「中国古代音楽史稿(5)」(共訳)(『人文研究』 (116), p89-112, 1993年)
「中国古代音楽史稿(4)」(共訳)(『人文研究』 (115), p155-194, 1993年)
「中国古代音楽史稿(3)」(共訳)(『人文研究』 (114), p47-84, 1992年)
「中国古代音楽史稿(2)」(共訳)(『人文研究』 (113), p119-163, 1992年)
「中国古代音楽史稿(1)」(共訳)(『人文研究』 (110), p19-47, 1991年)
「鬼来迎2考 -日本における仏教芸能の一表現」(『人文研究』 (112), p7-39, 1992年)
「関干在日本発現的元刊」(『戯曲研究』、北京文化芸術出版社, 37/, 177-206, 1991年)
「目連救母芸能初探」(『神奈川大学人文学研究所所報』, 22/, 13-45, 1989年)
「上海崑劇団の『長生殿』を観て」(『悲劇喜劇』 41(12), p58-60, 1988年)
「中国の語り物 -評弾について」(『季刊邦楽』 (46), p64-68, 1986年)
「物部茂卿撰次≪鳥絲欄指法巻子≫研究」(『東京大学東洋文化研究所紀要』, 94/, 1-66, 1984年)
「物部茂卿琴学初探」(『東洋文化研究所紀要』 (92), p11-47, 1983年)
「民国初期の北京における童伶の研究」(『東洋文化』 (61), p129-155, 1981年)
「民国初期の北京における坤劇の研究」(『東京大学東洋文化研究所紀要』 , 82/, 91-226, 1980年)
「現存琴譜に見られる明代琴楽の俗化問題 -無文有文両派の対立を中心に」(『多摩芸術学園紀要』 (4), p38-55, 1978年)
「晩清北京の戯曲改革と秦腔」(『人文学報』 (112), p33-48, 1976年)
「旧伏見宮本南宮琵琶譜による唐代搊琵琶の楽譜の研究」(共訳)(『東洋音楽研究』 1974(34-37), 1-18, 1974年)