吉川貴久
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福岡県出身[1]。福岡県立戸畑中央高等学校卒業[4]。
1960年ローマオリンピックに23歳で出場[5]。男子フリーピストル種目(以下、吉川の国際大会出場はすべて同種目)マフムド・ウマロフと同点(552点)で並び、シュートオフの末に銅メダル[5]。日本の射撃選手として初のオリンピックメダリストとなった[5]。
1964年東京オリンピックではヨハン・ガレーと同点(554点)で並び、10点圏の命中数差で勝った吉川が銅メダルを獲得した[5](1964年東京オリンピックの射撃競技参照)。2020年現在、オリンピックの射撃競技で複数のメダルを獲得しているのは吉川のみである[5]。
1966年アジア競技大会(バンコク)で金メダル[6]。1967年のアジア射撃選手権大会 (Asian Shooting Championships) (東京)で金メダル[6]。同大会では1971年のソウル大会でも銀メダルを獲得した[6]。
1968年メキシコシティーオリンピック、1972年ミュンヘンオリンピックにも出場。1976年モントリオールオリンピックでは日本代表射撃チームのライフル射撃監督を務めた[3]。